遠い太鼓

遠い太鼓
村上春樹著

  村上春樹は37歳から40歳までに3年間日本から離れて暮らしている。
彼は主にギリシャやイタリアに滞在している。
そしてその間に「ノルウェイの森」と「ダンス・ダンス・ダンス」を書いた。
この本はその3年間の間に書きためたエッセイである。

私はいろいろなエッセイを読んだが、この本は間違いなく超一級品である。
すばらしい旅行記である。
読んでいくと、目の前にイタリアやギリシャの町や村が現れる。
軽く爽やかに、ウイットに富んでしかも本質を実によくとらえている。
文章はとても透明で、安定感がある。
この本を読んでいるとなぜか無性に絵が描きたくなる、なぜだろう?
多分このエッセイは私が今まで読んだ中で一番すばらしいエッセイ だと思う。

芥川賞の選考委員は間違わなかったな、
確か丸谷才一がほめちぎっていたっけ。

こんな面白い場面も出てくる。
彼は走ることが好きで、どこの場所に行っても走っている。
シシリー滞在中ジョギングの度に追いかけて吠える意地悪な
犬がいた。

それである日、僕はこちらからつかつかと犬の方に寄って行った。
そして犬と僕とは正面からじっと睨みあった。
僕が身をかがめて「んのやろー」という目つきで睨みつけると、
犬のほうも、「お、そーいう気か」という風にううううと低く
うなりながら、睨み返してきた。
僕もこんなに真剣に意識的に犬と喧嘩したのは初めてだったので、
最初のうちはどうなるものかいささか心配だったのだが、
そのうちにこれはこっちの勝ちだと確信した。
犬の目の中にとまどいがの影が見えたからである。
僕のほうから犬に向かっていったことで犬は犬なりに、
混乱してとまどっていたのである。
案の定、五、六分睨み合ったあとで一瞬犬が目をそらせた。
その一瞬を狙って、僕は十センチくらいの至近距離から
犬の鼻先めがけてあらん限りの大声で(もちろん日本語で)、
てめえ、ばかやろ、ふざけんじゃねえ!
と怒鳴りつけた。
それ以来その白犬は一切僕を追いかけてこなくなった。
ときどき僕のほうから冗談で追い掛けると逃げていく様になった。
きっと怖かったんだろうな。
でもやってみると、犬を追い掛けるというのは、
けっこう面白いものである。

ドイツ人に関してこんな面白い分析をしている。

ドイツ人というのはいろんな特殊能力を有している。
ひとつは何でも美味しそうに食べるという能力である、
もうひとつはどんな季節にでも日光浴ができるという
能力である。
僕らは彼らとシーズン・オフの奇特な旅行者どうしの
簡単な挨拶を交わす。
不思議なことだが、彼らは全然退屈していないように
見える。
本当に変わった人たちだ。

こんな風にドイツ人を批評した文は初めて見たが、
まさにこのとうりだな。

ちょっと面白いところを切り出したが、この本の本当に
すばらしいところはギリシャやイタリアの風景や生活を描写
するとともに、そこで暮らす人やそれにかかわった自分の心境を
とてもよく表現している所である。
他の村上春樹作品が嫌いな人でも、きっとこの本は
好きになるだろう。
この本を読んで困ることは、無性に何処か遠くに旅をしたくなる
ことである。

それにしてもアマゾンの書評にこれだけたくさん★が並ぶのも
珍しい。

よい本に出会ったものだ。。。


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2010年01月15日 Posted byigoten at 07:34 │Comments(0)読書

 
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